月夜見

   “秋がくる前に”

      *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

 

この夏は本当にひどくって、
とんでもない級の暑さに見舞われ、
表を歩いていただけで倒れるような、
吸い込んだ息で目眩いを起こすような人が続出したし。
陽が落ちてからも、
風の通りをよくした家の中で寝ていたのに具合を悪くした人も多数。
水を飲むだけじゃダメだぞ、塩も指にちょっとつけて舐めないとと、
療養所のチョッパーせんせえが長屋を回って皆に言って聞かせたくらい。

 「この御領内は まだマシなんだ。」

幕府から何かしらのお達しが出るのは、
報告された数字を精査してからなので、結果、ずんと手遅れになってから。
なので 当てにはならぬとばかり、
独自に情報を集めた、各藩のお医者せんせえ方の間での連絡によれば、

 「雨が降らなくて渇水状態になってて、
  飲む水もだけど、野菜や何やを洗う水も、
  畑へまく水も足らない、悲惨なところも多いし。」

そうかと思えば、何日も水桶を引っ繰り返したような豪雨が続いて、
家も人も田畑も流された集落も多数。
所によっては、道が塞がってて外の里への連絡も取れないままになってて。
一番近場の村が気がついて、外から助けに入ってくれたところは良いが、
山間の僻地だったりした日には、雨が上がっても立ち上がれないほど、
住人のほとんどが瀕死のところを見つかったって里もあったとか。

 「だから、やっと秋めいて来てよかったねぇって、
  今年ばっかは俺も心からしみじみ思うんだな、これが。」

彼には足が浮くほど高いが、それでないと膳卓へ届かぬ特等席、
空き樽の椅子へちょこりと腰掛け、
つぶらな瞳をまろやかな笑みでたわめると、
小さな手へ湯飲みを抱えて“はぁあ”なんて吐息つく小さなお医者様へ、

 「チョッパーこそ、暑さが一番堪えたでしょうにね。」
 「ああ。」

いつもなら、そんな習慣ないはずなのに
“盆だから”って故郷へ帰ってたのが。
今年は“それどころじゃあない”とばかり、
塩壷と水筒抱えて、熱中症に倒れる人への対処に駆け回っていたし。

 「…っかーっ、んまいっ!」

アジの一夜干しを丁寧に炙ったのをほぐし、
炊きたてご飯に高菜の刻んだのと混ぜ込んで。
ちょこっと数滴、醤油を垂らした混ぜご飯、
大きめの丼でもう三杯目なのを豪快に平らげた、
相変わらずに健啖家な麦ワラの親分さんも。

 『チョッパー来てくれ、ヨモギ長屋の婆ちゃんが倒れたっ!』
 『陽盛りに出るなら、帽子かぶるか手ぬぐいで頭を覆うんだぞ?』
 『買い物か?
  ならオイラが行ってくっから、
  おいちゃんは木の陰で涼んでな。』

俺一人 妙に元気なのは、
そんだけ頑張れってことに違げぇねえというのを口癖に。
そりゃあもうもう、日頃以上にたったかと、
やたらとご城下を駆け回ったし。
ゴムゴムで一気に遠くへというお使いも
たくさんの山ほど引き受けていた彼であり。

 『良いか?
  神様が天罰を食らわせてるなんて思うのはおかしいぞ?』

何でもお見通しの神様が、
正直もんの爺ちゃんへ そんな意地悪するもんか。
このくらいだったら、
若いころには山三つ越えた遠くまで
歩いて出掛けてった助さんだから頑張れようよって、
そんな思って からかってるだけだ。

 『神様は年とらねえから、
  人が早々と年食うのをうっかり忘れてんだ、きっと。』

こっちはとっくにあんたより爺さんになってるのにって
言って届けば良いんだが、
それは無理だから、せめて頑張ろうやと。

 「あの説教なんか、隣町じゃあ伝説になってるもんな。」

いまだお元気な親分さんからの“お代わりっ”の声へ、
ネギと一緒に軟らかく煮た鷄を、玉子で甘辛にとじた丼、
今いくよ待ってなと素早く運ぶ板前さんを見送りつつ、

 「アタシはあの親分が説教したってのが信じられないわよ。」

そんな言いようをした女将のナミさん。
目許を眇めての、胡散臭いというお顔をしているものかと思ったら、
飯台へ肘をついての頬杖ついてる可憐なお顔は、
何とも穏やかにくすぐったそうな、満面の笑みを浮かべておいで。

 “そんな親分だから、
  いくらツケが溜まっても怒れないんだなぁ…。”

困ったもんだ、あんの人誑らしがと。
せめてもの悪態を、それでも可愛くついてる女将も女将だが。
この藩を救ってもくれた親分さんと小さなお医者様には、
藩主コブラ様もいたく感謝しておいでで。

 『冗談抜きに、
  ウチの藩が 暑さのせいっていう死人一人出さなかったのは、
  気候穏やかで水に恵まれてたからってだけじゃない。
  一番外側の小さな村へまで、
  あの小さなせんせえの指示が届いたからだし、
  ルフィ親分の元気に触発された、鳶や荷役の若いのたちが、
  順番を組んで、水や塩や物資を荷車へ積んで、
  近隣の里へ助っ人にって出回ってくれたからですもの。』

仰々しいご褒美なんていう、
いかにもな“上から”のお礼というのも何だし。
お付き合いのあるお店の好物が一番よかろう、
それでたんと滋養をつけてもらわねばということで。
こちら“かざぐるま”へも
親分のツケの総ざらえというお達しが届くのは
もうちょっと後日のお話だったけれど。

 “…親分自身、暑いのは苦手だったはずだがな。”

宵になってもなかなか涼しい風が吹かないものだから、
長屋にいても眠れぬと、大路まで出て来たその影に。
おややと気がついちゃあ、奇遇を装っての声を掛け。
その日の一番涼しいところ、
大潮の加減で今日はこの川辺、
今日はこれでも立秋だそうなんで この堤と、
散歩がてらに案内しちゃあ、
何てことない話なぞしたり、柄でもないのに蛍を追ったりもした、

 “〜〜〜〜うっせぇな。/////////”

おいおい まだ紹介してないぞの、雲水姿のお坊様。
これも酷暑のせい…というか、
自然の脅威の本気の前には、人の小賢しさも働かぬか。
謀反だの大掛かりな因縁の胎動も、
抜け荷や窃盗犯の暗躍という小ぶりな悪さも。
公儀隠密たちが見澄ます水面下という段階においてさえ、
目に見えての動きというのがなかったものだから。
その分 単なる警邏ばかりが続き、
その分 親分さんと覲える機会も増えたらしいゾロとしては、

 “何か、俺だけ恩恵受けてねぇか、それって。”

殊勝にもそうと思うなら、
この後にどっと疲れが出ぬよう、
引き続いて親分の見守りも続けてねと。
青い羽根の小さなトンボが、つーいついと。
まだまだ地に落ちる影も濃い陽差しの下、
一膳飯屋の軒に立つお坊様の、まんじゅう笠の縁を掠めていって。
空の上でも町なかでも、
まだまだお天道様は お元気な、初秋の午後でありました。




    〜Fine〜  13.09.06.     おまけ
→ 


  *陽のまばゆい昼間は、結構まだまだ暑いようですが、
   あの、悪夢のようだった炎暑に比べれば
   こちらは本当に涼しくなったものですよ、ええ。
   酷暑に豪雨に干ばつに竜巻と、
   冗談は寄せ、責任者出て来いというこの夏でしたし、
   忘れちゃいけないのが
   夏があまりに暑かった年は 冬も厳寒が訪れる法則。
   皆様、油断召さるなよ? ……まだ随分早い話だけれど。


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